未払い養育費を支払ってもらうための交渉では、法律知識だけでなく心理学的なテクニックも大きな武器になります。
相手の心情や深層心理をうまく突くことで、こちらの要求を受け入れやすくしたり、相手の自発的な行動を促したりすることが可能です。

「肯定的な言葉」で始めて相手のプライドを守る
交渉を切り出す際には相手を肯定する言葉から始めるのが鉄則です。
これは心理学でいう「イエスセット話法」や「プリンシプル・ネゴシエーション」の基本でもあります。

養育費の件で言えば、「これまできちんと支払ってくれてありがとう」や「あなたもお子さんのことを想ってくれているのは分かっています」といった肯定文から話を始めるのが効果的です。
相手が「自分を責められるのでは」という警戒心を抱く前に、あえて誉めたり感謝したりすることでプライドをくすぐり、「話を聞いてもいいかな」という気持ちにさせる効果があります。
特に男性側(元夫)が支払いを渋っている場合、プライドや面子が絡んでいることが多々あります。
そうした相手にはなおさら、頭ごなしに責めずまずは立ててあげることが肝心です。
「あなたは責任感のある人だと思っている」「子どもにもあなたのことを尊敬するよう話している」といった言葉を交えれば、「そんな自分を裏切れない」と思わせる心理が働きます。

「ノー」を引き出さない質問術(イエスセット)
交渉中に具体的な提案や質問をする際は、相手がイエスと言いやすい聞き方を工夫しましょう。
心理学では、相手に小さな「Yes(はい)」を積み重ねさせて最終的な要求に応じてもらうテクニックをイエスセットと言います。
いきなり「払ってくれる?」「無理なの?」と迫るのではなく、相手が同意しやすい前提から入る質問を投げかけます。

- 「子どもには十分な教育を受けさせたいと思うのは、私もあなたも同じですよね?」(Yesを引き出す)
- 「そのために養育費って本来すごく大事なものですよね?」(Yesを引き出す)
- 「今、少しお支払いが難しい状況なのかなと推察しています。」(相手の事情に理解を示しつつYes/No問わない)
- 「もし可能であれば、滞っている分を○月○日までにいただけると本当に助かります。どうでしょうか?」(最後にこちらのお願いを提案形で)

一貫性の原理という心理効果で、人は一度Yesと言い始めると途中でNoと言いにくくなる傾向があります。
従って、小さなYesを積み重ねた後に本題のお願いをすると、拒否される確率が下がるのです。
反対に、最初から「払う意思はあるの?ないの?」とYes/Noを迫ると、「No」を突き付けられて交渉決裂…となりかねません。

「相手の話を先に聞く」アクティブリスニング
心理的テクニックは何もこちらが一方的に話すときだけに使うものではありません。
交渉では相手に話してもらうことも重要です。
相手が何を考え、なぜ払わないのか、その本音を引き出すために有効なのがアクティブリスニング(能動的傾聴)という技法です。

例えば、相手が「今ちょっと金銭的に厳しくて…」と言ったら、「そうなんだね、厳しい状況なんだね」と繰り返したり、「どのくらい厳しいの?」と優しく尋ねたりします。
決して途中で遮ったり責めたりせず、共感的な態度で相手の言い分を全部聞き出すのです。
こうすることで、相手は自分の言い分を理解してもらえたと感じ、心理的な満足感や安心感を得ます。
一通り話し終えた後であれば、こちらの主張も聞き入れてもらいやすくなります。

人は自分の話をちゃんと聞いてくれた相手には心を開き、譲歩もしやすくなるものです。
例えば相手が「給料が下がって払えない」と不満気に言ってきたとします。
そこで「それでも払って!」と即座に反論するのではなく、「給料が下がったんだね、それは大変だったね」とまず受け止めます。
そして、「どれくらい下がったの?」「他に何か負担が増えたの?」と深掘りして聞いてみます。

「選択肢を提示」して主導権を握る
交渉のテクニックとして、こちらが主導権を持つために選択肢を提示する方法もあります。
例えば、「今すぐ全額払ってほしい」とストレートに要求するのではなく、「A案: 今すぐ全額支払う、B案: 分割でも良いから○日までに計画を示す」のように二択(または三択)の提案をします。

相手に「選ばせてあげる」ことで心理的には自分で決めたと思わせつつ、実はどれを選んでも支払いに向けた前進になるように仕向けるのです。
例えば次のような言い方ができます。
- 「滞納分について、今月中にまとめて払う方法と、来月までに2回に分けて払う方法がありますが、どちらが現実的だと思いますか?」
- 「支払いが難しい場合、家庭裁判所で話し合う(調停)か、あなたのご両親に相談させてもらうかしか手がありませんが、どうしましょうか?」

相手としては「どちらかを選ばないと…」と考えてしまい、ゼロ回答(何もしない)という逃げ道を塞ぐことができます。
ただし、選択肢の提示はやりすぎると「脅迫」や「誘導」が透けて見えてしまうので注意が必要です。
あくまで冷静に穏やかに提示し、「あなたとしてはどれが良いと思う?」と相談するような口調で伝えるのがコツです。

「法的措置」をほのめかすタイミングを見極める
心理的テクニックとは少し異なりますが、交渉の中でプレッシャーをかけるカードとして「法的措置」(調停や強制執行)をほのめかすことがあります。
この切り札は強力ですが、使い所を間違えると相手が頑なになってしまうため、慎重な見極めが必要です。

最初から「裁判所に言う」と言ってしまうと相手も構えてしまうため、心理戦としては終盤で切るカードと考えましょう。
例えば交渉の最後に、「○月○日までにお返事(支払い)がない場合、家庭裁判所での手続きも検討せざるを得ません」と冷静に伝える方法があります。
このとき、「あまり大ごとにはしたくないので…」と一言添えると、本当は争いたくないが仕方なくというニュアンスが出て柔らかくなります。
実際、内容証明郵便や法的措置の予告は心理的圧力として有効です。

突然裁判所や弁護士の名前が出てくると、多くの人は「これは本気だ」「無視するとマズい」と感じるからです。
経験談(掲示板より)
何度言っても払ってくれない元夫に、最後は弁護士から内容証明送りました。
そしたらびっくりしたのか、すぐに『払います』と連絡が来て(笑)。
やっぱり専門家の名前出すと心理的に効くんだなと実感しました。
ただし、脅しのように感じさせないことも重要です。
あくまで「こちらも困っているからやむを得ず」という姿勢で伝えることで、「自分が払わないせいで相手にここまでさせてしまった」と思わせることができます。

以上、養育費交渉時に使える様々な心理的テクニックを紹介しました。
これらを状況に応じて組み合わせ、相手の心の動きをコントロールしながら交渉を進めてみてください。
もちろん相手の性格によって効果は変わりますが、どのテクニックも「相手の立場に配慮しつつこちらの目的を達成する」ことを目指すものです。
